毎日本当に暑いといえば暑いのですが、そして、うっとうしいのですが、この暑さも実のところはそんなに長く続くわけではなくて、終わってみて、秋になれば、そして冬になればきっと、「今年の夏は暑かったなあ」と、どこかいとおしく懐かしく思い出すんだろうな、などと、記憶の美化作用について考えているきょうこのごろ、みなさまはいかがお過ごしですか。
さて、「ほうき星」も100回をすでに超え、第四章に。さちは20歳になり、それまでを埋める回想が続いています。
海難事故で横死した黄泉とさくらの菩提寺は、深川・冬木町の「寒光寺」と描かれています。
ふたりの冥福を祈りに、さちの「これから」をお願いしに、寒光寺をお参りしました。

いまの住所でいうと、江東区深川2丁目にあります。こじんまりとしたお寺さんです。宗派は臨済宗。座禅会なども開催しているようです。私事ですが、高校時代、臨済宗の学校だったので、座禅の時間がありました。本気で打擲されました。痛でした。こんどきてみようと思いました。

なかに入ってみました。
そして、本堂で手を合わせて、お祈りしたあと、奥へ。

細道を抜けるとお稲荷さまがありました。
ねこが出迎えてくれました。

奥には白ねこさんの姿も。

りりしいです。

これまでに撮った写真を見ていると、どうやら鳥居というものの造形が好きな自分に気づきました。

空に刺さりそうなとんがり松の葉。
青と緑も好きなんだ、と改めて思いました。
連日の、熱暑、猛暑、酷暑、ですが、みなさまいかがお過ごしですか。それにしても、日が落ちるのは少しばかり早くなってきましたね、そんなところに、ちょっとした秋を感じています。
さて、このところ歩いた門前仲町周辺のあれこれをお届けいたします。

陽差し、緑、風・・・。

こういうしつらえは、本当に見事です。

八幡さまの本殿前、天皇陛下御野立所の碑のそば。有機的な形は美しいし、風格を感じます。

ちょっと、怪獣めいています。暗いところで、何年も何年も。そして高みを目指して少しずつ、少しずつ。

境内には数々の末社があり、狛犬が鎮座します。さまざまな信仰を受け止めていたのでしょう。

夏といえば、です。

チャレンジを迷っているようでした。

涼やかに。

これ、得意なのです。もちろん、いいものは落ちないわけですが。なかなか。

何がどう、どこが一体「やさしい」のか、と詰め寄る人々。

天気のいい日はもちろん、夕暮れ時に外で食べるたこ焼きは、うれしいものです。

お面の移り変わり、っていうのも調べてみるとおもしろそうです。
お面に、ヨーヨー、金魚すくい。子どものころ、縁日や夜店に行くのが楽しみで楽しみで仕方なかったです。いま考えると、どうして、こんなものがほしかったのか、と思ったりもしますが、結局のところ、モノそのものよりも、その場、が好きだったのかもしれません。握りしめた小銭は、モノに支払う対価というよりも、マツリ/その場、への参加費だったのでしょう。
秋祭に出かけてみようかなと思いました。
なかには40度を超える暑さになったところもあるほど、じりじりと太陽が地面を焦がす一日でしたが、みなさまいかがお過ごしですか。
きょうは、「ほうき星」とは別の仕事で、門前仲町にいったのですが、ふと考えてみると、きょう15日こそ、八幡さまの例祭。昼過ぎに八幡さまの前に行ってみたのです。

町内を練り歩いた神輿がちょうど八幡さまにおさめられるところに出くわしました、幸運。
やはり、子ども連合神輿渡御とおなじく、盛んに水がかけられていました。こんなときは、いさぎよく、逆光で。

神輿を揉みます。

鳳凰をアップにしてみました。

子ども神輿はかわいかったですが、やっぱり兄さんはすごみというか、迫力があります。「わっしょい」の掛け声も地響きのようです。

柔らかく、撮ってみました。何を思い、願っているのでしょう。いい表情でした。

お盆休みとはいえ平日なので、門前仲町周辺はそれほどの人混みではありませんでしたが、この八幡さま鳥居前だけは、にぎやかに、軽やかに、囃子が響いていました。

後ろ姿も、しゃん、として。

高く差し上げて、おさめます。

手締めで例祭は終わりを告げました。みんな散りぎわに、「じゃあ、来年」と自然に言い合って別れていきます、一年に一度、こうしてつながる。だからこそ濃密なんだと思いました。

来年は本祭です。絶対に、くるぞ、と改めて思ったのでした。
僕は、この狛犬のことを、こっそりとそう呼んでいます。

以前、紹介したことがある雑誌「一個人」(KKベストセラーズ/7月号)のなかで、山本一力さんが明かしています。
1994年の6月、午前5時。小説の応募締め切りを前に、山本さんは富岡八幡宮を訪れたそうです。そして、気づいたら、そこはこの狛犬の前だったといいます。
この狛犬の台座には「海邊大工町」とあります。
しばらくときが経ち、境内にも朝が訪れました。
八幡さまを訪れる町の人の姿が山本さんの目に映りました。狛犬の前に座り込んだ山本さんは、「江戸」を感じたといいます。
物語のなかに描いた海邊大工町のことが、嘘に思えた、江戸の、人の、息吹のようなものが描けていなかった、と。
部屋に帰った山本さんは、徹夜で書いた原稿を破り捨て、頭から書き直したといいます。これが、山本さんの時代小説の原点だったようです。
それ以来、山本さんは必ず作品のなかに八幡さまを登場させるようになりました。もちろん「ほうき星」にも。
そういう場所、みなさんにはあるでしょうか。そこで、何かを感じた、大袈裟にいえば、悟ったような場所。改めてそこに立ったとき、しゃんと背筋が伸びるような場所。
自分にとっては、どこなのだろう。何なのだろう。あるいは、だれなのだろう。
そんなことを狛犬の前で考えました。
この日(8月12日)は、子ども神輿連合渡御が行われました。永代通りを富岡八幡宮前から「仲町の辻」まで練り歩くというものです。今回が3回目ということで、約40基の神輿が登場しました。
「ほうき星」のなかでは、八幡さまのお祭りを「水掛け祭」と描いていました。今回、まさにそれを体験しました。カメラにとっては水難でした。
文字通りの快晴に恵まれ、日焼けした子どもたち。「少子化」なんていう言葉をしばし忘れてしまいました。しかも、親と子、孫の世代が、血縁があろうがなかろうが、濃密に融合していて、祭が人と人とをつないでいることを強く感じました。

ほんとうに、いい顔をしているんです。子供には、太陽がよく似合います。

女の子だって、ほら。
そして、いたるところで大人は放水。ホースに、バケツ、この炎天下、子供たちにとっては、まさに恵みの水なのでしょう。

こんなものまで登場して大放水です。直撃すれば、たぶん大怪我しますね。

陽光を浴びて、きらめく水がきれいでした。

そして、子供にまじって、ちゃっかり「子供以上」も楽しいのです。かつがにゃ、損、なのです。

いろんな表情があります。男の子も、女の子も、ちっちゃい子も、おっきな子も、います。でも、「ほうき星」に描かれていたとおり、掛け声は「わっしょい」のひと声、なのです。その声が、人を結びます、繋ぎます。神輿をかつぐ子供たちが一体になります。そうしないと神輿は揉めないし、進まないのでしょう。そういうのって、いいな、と思いました。






こんな変わり種も登場しました。

きりっと。稟と。

ほんとうに、いいお祭りです。なんどもなんども永代通りを行ったりきたりしながら、なぜか、涙が出てきました。心のどこかに、何かが刺さったんだと思います。痛くない棘のようなもの、なんだか甘美なものが、たぶん。

こんどは、「本祭」にこよう。絶対にこよう。そう、決めました。
お盆休みのまっただ中、暑い日が続いています。帰省されている方、帰省されていない方、みなさまいかがお過ごしですか。
山本一力さんの世界を知りたくて。
「ほうき星」の江戸に近づきたくって。
そして、何より祭が大好きだから。
富岡八幡宮の例祭に出かけました。
まずは、お参り。

抜けるような、という言葉、うまいもんです。

ほんとうに。
生きている、っていうことに感謝したいです。
うれしくて、ありがたくて、やさしくて、
そして、少しばかり悲しさある、空でした。
いつもは、ガラスケースごしにしか見られない日本一の黄金神輿も、この日は御開帳。
かつては紀伊国屋文左衛門が寄進したものですね。

「ほうき星」の世界で描かれる仲町の辻。
神輿が鎮座しています。拝みたくなりました。

この日は、子ども神輿連合渡御の日です。

5歳の「さち」くらいでしょうか。子供たちが列をなして、神輿に向かいます。

うずうず。

水掛け祭の準備も整っています。

祭犬。
犬だって、楽しみなお祭り、神輿、お囃子なのです。
続きます。
立秋を過ぎたのに連日の猛暑ですが、みなさまいかがお過ごしですか。
11日土曜日は東京湾華火祭でした。勝どきの自宅周辺は、大変な人だかりでした。
暮れなずみ、いよいよ期待が高まってきます。

海上から見物しようとする船も、続々と。

轟音とともに、次々と夜空に大輪が咲きました。





失敗作ですが、これは、これで。


夏は、花火。
でも、「祭りのあと」とはよく言ったものです。
夜空が闇に染まり、静けさが帰ってきたとき、
ちょこっとばかり寂しくもなりました。
今年、初めて感じた、秋の気配、かもしれません。
「ほうき星」の100回目はいかがでしたか?
天保十年九月五日、さちの両親が乗った弁財船が品川付近で転覆しました。
そう、ちょうど湯船の中で横倒しになったカツオ船と同じように。
本日夕刻、101回目の原稿を手放し、制作に送りました。
あす10日(土曜日)の紙面に乗る101回目で、物語は大きく舵をきります。
新たな章の始まりです。ご期待ください。
きょうも東京は暑いです。
西瓜を食べて、残った種をなにげなくまいておいたベランダの植木鉢から、みずみずしい双葉が芽を出しました。水をやると、その瞬間、こころなしかぐっと背伸びするように見えるのです。生きる、ってこと、生きてる、ってことを朝、思っています。そのかたわらでは瓢簞が、巻き付く先を求めて、虎視眈々とつるを伸ばしています。さて、みなさまいかがお過ごしですか。
先日、「野分からの逃避行」で、さちやこよりの足取りをたどったとき、日本橋小網町でちょっとすてきな神社を見つけました。
「小網神社」といいます。

小網稲荷神社略縁起によると、もともとは武蔵国豊島郡入江のあたりにあった萬福庵という観世音と辨財天を安置する庵が由来のようです。開基は恵心僧都といいます。1000年ほど前のことになります。
現在の社殿などは昭和4年の造営で、戦禍もまぬがれ、いま、日本橋地区に残る唯一の木造檜造りの神社建築だということです。

なかに入ってみます。まず目をひくのが、鳳凰と竜の彫刻でした。

竜は見えにくいですが、上り竜下り竜がいます。強運厄除の竜として拝まれています。
狛犬さんも立派です。

見渡していると、日本の寺社建築の美しさにうっとりとしてしまいます。西洋の寺院建築をみていると厳かさがさきにたって、少々、近寄りがたいような気分になってしまうのですが、日本の寺社は、もっと近づきたい、できれば触れられるところまで、と思ってしまうのです。



こんなふうに、です。なぜでしょう。しゃきっとはするのですが、自然にいられる、みょうな緊張感を感じない、そんな感じ。考えてみれば、和船の操船とも通じるのかもしれません。
神社の中には、いろいろなあしらいがありました。

「鉢に鶴亀」

「瓦と柄杓と銀狐、そして笊」
ほっこり。
気をよくして、おみくじをひいてみました。

ひゃっほい。大吉です。
「願望(ねがいごと) 思うまゝですしかし油断すれば叶わず」
やいや、思うまま、思うつぼ。
油断なんて、ちっともするものですか。
でも、上の方にはこうありました。
「酒に狂えば凶なり」
小網神社の神さまはすべてお見通しです。
あなおそろしや。
「ほうき星」がけさ、連載から99回目を迎えました。
これまでお読みいただいている皆さん、ありがとうございます。
野分を避けて、訪れた日本橋小網町。航海のお守りのクジラ船が浮かぶ湯船につかるさち。土佐節屋8代目の大助の声に立ち上がった途端、クジラ船は転覆してしまいました・・・。
じつは、三国志が大好きなのですが、そのワンシーン。
蜀と魏の決戦の場、五丈原で、病篤い諸葛亮孔明の延命を祈るために灯された蝋燭の炎を、敵の奇襲を知らせにきた配下の魏延が消してしまうという場面があります。そして、孔明は五丈原で落命します。その後は、「死せる孔明、生ける(司馬懿)仲達を走らす」と相成るわけですが・・・。99回目を読んでいて、なぜかそれを思い出してしまいました。
物語は大きく転換しそうな気配です。
いよいよ連載も大台の100回。
こんごも「ほうき星」をお楽しみに。


by one20020530
菩提寺に